2008年3月20日木曜日

コンピュータの中の脳—情報基盤の進化論—



生体の科学 2008年 02月号 59 (1)
■特集 コンピュータと脳

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今回は、理化学研究所の豊田 哲郎 先生のオミックス進化論についてご紹介します。

【目次】
1.オミックス進化論
2.環境を進化させる”人間の脳”
3.社会を進化させる”共有の脳”
4.依存の表明
5.オミックススペース
6.セマンティックウェブ
7.オントロジーと現象学
8.ライフサイエンス統合データベース
9.スーパーブレイン


【注目したポイント】

1.オミックス進化論

  オミックスとは、生体の持つ分子情報(DNA, RNA, proteinなど)を網羅的に観察して分析する研究のことです。これまで生命は、38億年かけて進化してきました。また、システムバイオロジーは、生命 をシステムとして理解することを目的としています。したがって、生命の進化は、システム(分子ネットワーク)の進化ととらえることができます。この ようなシステムの進化は、単独で進化している訳ではなく、生命の進化・社会の進化・経済の進化などと『共進化』しているそうです。オミックス研究の発展に より、生命の情報化がますます加速すると考えられます。本論文では、データベース化された情報の価値判断を行う『スーパーブレイン』について紹介されてい ます。

2.環境を進化させる”人間の脳”

 オミックス進化 論では、「自然選択がはたらく物質世界と、経済選択がはたらく情報世界とを輪廻することで、エリート遺伝子の最適な組み合わせが選び出される」という新し い進化モデルが提唱されていることを示されています。経済選択とは、遺伝子が人間社会に有益かどうかで選択されることだそうです。その判断には、遺伝子に 関する膨大な情報分析が必要ですが、コピュータを使うことで、この分析速度が向上します。したがって、『生命と人工知能の間に共進化がみられるようにな る』と予測されているそうです。

 生命が、環境に選ばれる存在から、環境を選ぶ存在へ移り変わることを説明した本文を引用します。

遺伝子を中心に据えた進化論では、「自然選択」が進化を生み出す原理であり、環境に個体を選ばせることで、環境により適した遺伝子を子孫に残していったとされる。
進化がある程度進むと、生命は環境に選ばれる存在から環境を選ぶ存在へと進化し、そのために神経系を発達させ、移動や選択を可能にした。そして、進化がさらに進むと、自らを進化させるよりも逆に環境を都合よく進化させる方が、個体の生存により有利に働いた。


 つまり、人類が生物のトップになるために、自らの脳を進化させ、これからは、複雑系を理解するために、人工知能を進化させようとしているということですね。

3.社会を進化させる”共有の脳”

 20 世紀後半から始まった、コンピュータの発明による情報革命により、人間が行う暗記や計算などの労力は激減しました。しかしながら、大量な情報を機械と人間 の間に流通させることは困難であるため、コンピュータの中に脳が必要になったそうです。また、個人の頭の中にあるノウハウをコンピュータに移し、知識ネッ トワークを共同で構築することが、情報社会において、お互いの利益になると考えられています。

4.依存の表明

  『依存の表明』とは、共有された情報などの引用のことを意味していて、依存度合いが、その情報の重要性を測る指標になってきているそうです。また、依存価 値の高い共有情報は、多くの優秀な人間によって複製と改変と経済選択が継続されるため、生物の進化と似た現象がみられると説明されています。Google の検索で、上位にあるほど有用であるのと同じですね。このように、人間は実社会で活用するために、コンピュータ上にある情報を、改良しながら使っているこ とから、物質世界と情報世界のネットワークが共進化するようになったそうです。



































5.オミックススペース

 
 オミックスペースとは、オミックベクトルの集合空間であり、 オミックベクトルとは、オミックス研究により得られる網羅的なベクトルデータのことだそうです。では、ベクトルデータとは何でしょうか?『ベクトルデータ とは、点、線、面で構成される図形要素を座標値(XY座標)として管理しているデータ。』ということだそうです。オミックスペースは、理研ニュースの「図 1 オミックスペースの概念」が分かりやすいですね。

6.セマンティックウェブ

  セマンティックウェブとは、Webページの内容の意味がコンピュータに理解できるようにする構想のことです。この構想は、ワールドワイドウェブにおけるリ ンクには、コンピュータに可読な情報が含まれていないという問題から生まれたそうです。セマンティックウェブが実現すると、ネットワーク上の膨大なリソー ス間のリンクがコンピュータにより読み込まれます。これによって、従来人手で理解していたリンクがコンピュータで処理され、自由に取り出せるようになるそ うです。このように、コンピュータに可読な情報を付加するためには、Web上でコンピューターがデータ交換するのに適した文章記述言語が必要になります。 そこで、XML(Extensible Markup Language)やRDF(Resource Description Framework)という言語が開発されたそうです。ただし、ライフサイエンス分野においては、生理現象における因果関係が逐次報告されるため、個々の 因果関係を”現象の連鎖”として捉え直す必要がある(つまりリング情報を解釈し、並び替える必要がある)と説明されています。また、因果関係が分岐する場 合も考えられるので、ますます複雑になりそうです。


7.オントロジーと現象学

 オントロジーとは、哲学用語で「存在論」という意味ですが、知識表現の分野では『対象とする世界に存在するものごとの体系的な分類と、その関係を明示的・形式的に記述する』という意味で、用いられているそうです。
  現象学とは、『人間の意識の中に認識が確立されていく過程を分析する学問』だそうです。例えば、人とコミュニケーションしていて、認識の違いが発生した場 合、それぞれの判断のもとになった原体験を一緒に振り返り、両者の認識を一致させる方向に導くものです。前述のセマンティックウェブで問題となった、次々 と報告される個々の因果関係を”現象の連鎖”として捉え直すときに、現象学的還元が伴うそうです。
 では、現象学的還元とは何でしょうか?YagiYuki さんの『現象学Memo:現象学的還元とは? [フッサール現象学]』を引用してみます。

【経験思考の破棄】

我々の思考は経験の蓄積により様々な考えが既に織り込まれています。基本的に全ての人がこの織り込まれ、蓄積された考え(経験的確信、経験的理論)を基準にして物事を判断しています。しかし、「その前提から学問を哲学を出発して本当にいいのか?」ということが問題になる。我々はただ単に経験しているだけであり、経験から思考した場合、その前提となる経験的思考に問題があれば、そこからどこまで考えていってもその思考は全て問題となる。誤った出発点からは、誤った結論しか出てこない。

【元へ還る】

現象学的還元は文字通り、「現象学的に」「元へ還る」わけです。例えば、物が目の前にあるとしても、「物を見ているという意識が働いている」と「意識の働き」の元へ還るわけです。「元へ還る」には「働き」そのものへと目差しを向け変え(反省)、全てが起こっている働きの現場(超越論的主観)を直視し、それ以外の「客観構成されたもの」「蓄積された概念」を全て判断保留(エポケー)します。そうすると全ての事態(事象)はこの現場にあるというのが、よく考慮すると見えてくるはずです。

【意識の本質構造を解明する】

「世界」も「事物」も「他者」も、そして「私」も「私の存在」も、全て「○○についての意識」であり「私の意識の働きによる現れ」でしかない。ならば「意識の働きに還元できる」のであり「意識の働きの本質構造を解明すれば、全ては解かれうる」ということです。自然な態度では隠れている「意識の働き」と対峙するのが「現象学的還元(超越論的還元)」という態度変更であり、その還元により全ては、超越論的主観の世界として描かれ、どこまで客観性を高めようとそれは経験、間主観性としての確信の世界であることが顕わになる。

意識の働きを自我のベクトルのようなものだとすると、自然な態度では、我々はベクトルによって生み出された「結果」をそのまま(疑いなく)受けとっている。しかし、「結果」だけを見るのではなく、ベクトルがどういう風に働いてその結果が生み出されているのかを洞察する。「ベクトル-結果」という構図があるとすると、結果を「一切前提せず」、つまり世界や事物や私の身体や私や価値という「結果」を何も前提せず、ベクトルの方から洞察していき、その末にどう「世界や事物などの結果」が構成され、信憑されているかという構図を明らかにする。

 現象学的還元の詳細は、現時点で は理解できていません。しかし、「ある経験(既存の知見)に基づいて思考する前に、その経験の前提思考を辿れ」ということは、つまり、個々の因果関係の再 構築ということだと考えました。生命科学の情報整理には、この現象学的還元が容易に出来るシステム設計が必要なのだそうです。これを目指したのがSWF (Semantic Web Folders)で、ここではリンク自体もフォルダが設けられ、リンクにリンクを張る(メタリンクとでもいうのでしょうか?)ことも出来るようになるそう です。

8.ライフサイエンス統合データベース


 今後「理研総合データベース」をハブとして、SWFが作成され、これによって、複数の人々がウェブ上で多様なデータベースを共同構築し、セマンティックウェブで公開できるようになるそうです。

9.スーパーブレイン

  増加し続ける情報はデータベース化され、クローラーと呼ばれるデータ収集ロボットにより統合解析された後に、スーパーコンピュータによりネットワーク化さ れる。そのネットワークをスーパーブレインが判断して、人間にアウトプットされる。つまり情報の読み手が、人から機械に移り変わるため、機械可読な形式で 情報を発信することになるそうです。

【参考サイト】

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