2008年4月20日日曜日

トランスクリプトーム,プロテオーム,メタボローム,フラクソームの統合による大腸菌の代謝解明



メタボローム—代謝研究の新潮流
代謝プロファイル,低酸素応答,タンパク質機能解析と肥満・炎症メカニズムの解明から食品開発まで
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トランスクリプトーム,プロテオーム,メタボローム,フラクソームの統合による大腸菌の代謝解明
石井伸佳/曽我朋義/冨田 勝

今回は、石井先生の大腸菌を用いたマルチオミクス解析についてご紹介します。

【目次】
はじめに
1.Keio collectionの連続培養
2.マルチオミクス解析
3.代謝のロバスト性を実現するための大腸菌の戦略
おわりに

【注目ポイント】
はじめに

 メタボローム研究において、最近進歩した技術の1つには「代謝フラックス解析」があるそうです。これによって、多数の代謝経路に含まれる代謝物が網羅的に測定できつつあるようです。

 この代謝フラックス解析やマイクロアレイ、質量分析装置を使ったショットガン分析により、トランスクリプトーム・プロテオーム・メタボロームの観察が可能となりました。しかし、単独のオーム階層(たとえば、遺伝子発現だけの網羅的解析など)の中だけでの解析で生体の状態を予測するのは必ずしも容易ではありません。私自身も、トランスクリプトームやプロテオーム解析を個別にそれぞれ研究してみてこのことが痛感させられます。

 そこで、石井先生は、以下の問題意識のもと、複数のオミクス解析を行い、結果を統合することにより新たな知見を得ることに成功したそうです。その問題意識について、引用します。

 各種の「オミクス解析」が試みられるようになってきたものの、得られた網羅的データから何らかの有意義な生物学的知識を獲得するのは必ずしも容易ではないことが次第に認識されてきた。その理由の1つとしては、単一の「オミクス解析」は、結局、細胞機能のある特定の階層に関するきわめて限定された情報を持つに過ぎず、細胞の活動全体を把握するには必ずしも十分ではないことがあげられる。

1.Keio collectionの連続培養

 今回の解析には、中心炭素代謝系(解糖系・ペントースリン酸経路・クエン酸回路)遺伝子を欠損した大用金(K-12)24株を用いています。また、連続培養とは、一般的な閉鎖系の大腸菌培養とは異なり、大腸菌の代謝反応に必要な基質溶液を、連続的に培養液に送液すると同時に、一定流速で菌体液をサンプリングする方法です。このような大腸菌の定常状態での培養は、代謝フラックス解析にとって必要だそうです。これにより、一定条件で観察が可能になるからでしょう。

 大腸菌への刺激は、内的刺激として遺伝子欠損を、外的刺激として基質の濃度変化を採用しています。

2.マルチオミクス解析

マルチオミクス解析に用いた方法
(1)Transcriptome:DNAマイクロアレイ法/定量PCR法
(2)Proteome: 二次元電気泳動法/液体クロマトグラフィー-タンデム質量分析法
(3)Metabolome:キャピラリー電気泳動-飛行時間型質量分析法
(4)Fluxome:ガスクロマトグラフィー-質量分析法による同位体代謝物の分布解析

これらの測定結果は、web Escherichia coli Multi-omics Databaseで公開されています。

3.代謝のロバスト性を実現するための大腸菌の戦略

実験結果のポイント
(1)一遺伝子欠損株では、mRNA、蛋白質、代謝物質のいずれもあまり大きな変動はみられない。
(2)野生株では、mRNA、蛋白質は基質量の変化に追随して変動するが、代謝物質はあまり変化しない。

 (1)の一遺伝子欠損のような内部変化に対して、大腸菌はそれほど大きな対応をとらないことが伺えます。マウスではノックアウトにより大きく表現系が変わる例もあり、種ごとに差があることを示している結果といえます。(もちろん大腸菌にも約7%の生存に必須といわれる遺伝子があるそうなので、欠損しても生理機能を維持できる遺伝子とそうでない遺伝子があることには変わりなさそうです。)

 また、遺伝子が欠損しても代謝反応が維持されるのは、欠損遺伝子のアイソザイムによる代替や迂回経路などの形成によると考えられています。

 以上の一遺伝子の欠損は代謝系に大きな影響を及ぼさないという結果は、生体がシステムとして機能している証明のひとつと考えられます。つまり、脆弱性を抑え、頑強性(ロバストネス)を獲得した大腸菌の生き残り戦略なのでしょう。

【語句説明】
*1:メタボロミクス
 全代謝物質の網羅的測定を目的とする研究。ガスクロマトグラフィー・液体クロマトグラフィー・キャピラリー電気泳動・フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴と質量分析装置を組み合わせた、GC-MS, LC-MS, CE-MS, FT-ICRMSや核磁気共鳴装置(NMR)などを用いて計測する。

*2:代謝フラックス解析(metabolic flux analysis)
 安定同位体ラベル基質を用いて、幾何学的に複雑な代謝系の代謝フラックスを推定する方法。

*3:代謝フラックス
 細胞や菌体内における物質の流れ。細胞内の化学反応の化学量論モデルと代謝物間の質量作用則から導かれる細胞内の代謝物の流速(フラックス)である。

*4:Keio collection
 大腸菌K-12の全ての遺伝子の一欠損株のコレクション。大腸菌の遺伝子は4,400程度であることが明らかにされている。

【参考サイト】
Escherichia coli Multi-omics Database
奈良先端科学技術大学院大学
バイオサイエンス研究科 生体情報学 森 浩禎 教授 研究室

【参考文献】
Ishi N, Nakahigashi K, Baba T, Robert M, Soga T, Kanai A, Hirasawa T, Naba M, Hirai K, Hoque A, Ho PY, Kakazu Y, Sugawara K, Igarashi S, Harada S, Masuda T, Sugiyama N, Togashi T, Hasegawa M, Takai Y, Yugi K, Arakawa K, Iwata N, Toya Y, Nakayama Y, Nishioka T, Shimizu K, Mori H, Tomita M.
Multiple high throughput analyses monitor the response of E.coli to perturbations. Science, 2007. 316(5824): 593-597.

【参考記事】
◆システムバイオロジーにおける網羅的測定の必要性
『まずは 溶かして 混ぜてみよう!:システムバイオロジー part2

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